有限群の表現論
完全レポート
有限群の表現論は、「抽象的な群の元を、具体的な行列として作用させる」理論である。 本レポートでは、複素数体上の有限群表現を主軸に、半単純性、Schur の補題、指標、直交関係、群環分解、誘導表現、Frobenius 相互律、標準例、計算アルゴリズムまでを体系的に述べる。
0. 前提・記法・このレポートの対象
本文の中心は、有限群 \(G\) の 複素数体 \(\mathbb{C}\) 上の有限次元表現である。これは有限群表現論の最も美しく、指標によって完全に分類できる部分である。
- \(G\):有限群。単位元を \(e\) と書く。
- \(|G|\):群の位数。
- \(V,W\):有限次元複素ベクトル空間。
- \(\operatorname{GL}(V)\):\(V\) 上の可逆線形変換全体の群。
- \(\mathbb{C}[G]\):群環。基底が \(G\) の元で、積は群の積を線形拡張したもの。
- \(\operatorname{Irr}(G)\):\(G\) の既約複素指標全体。
- \(g^G=\{xgx^{-1}:x\in G\}\):\(g\) の共役類。
- \(Z(G)\):群の中心。\(Z(\mathbb{C}[G])\):群環の中心。
\(\operatorname{char}K\nmid |G|\) なら Maschke の定理により半単純性が保たれる。一方、\(\operatorname{char}K=p\mid |G|\) の モジュラー表現論では一般に半単純でなくなり、既約表現だけでは表現を復元できない。本レポートでは複素表現論を完全な幹として扱い、終盤でモジュラー表現論の入口を述べる。
0.1 表現論の基本思想
群は対称性を抽象的に表す。表現論は、その対称性をベクトル空間上の線形変換として実現する。抽象的な積 \(gh\) は行列積 \(\rho(g)\rho(h)\) で表されるため、線形代数の道具、特に固有値、跡、直交分解、内積、行列分解を用いて群を調べられる。
この対応が群準同型である、すなわち \(\rho(gh)=\rho(g)\rho(h)\), \(\rho(e)=I\) を満たすとき、\(\rho\) を表現という。
1. 表現の定義と基本操作
1.1 表現
有限群 \(G\) の \(\mathbb{C}\) 上の表現とは、有限次元複素ベクトル空間 \(V\) と群準同型
の組 \((V,\rho)\) である。通常、\(\rho(g)v\) を \(g v\) と略し、\(V\) を \(G\)-加群とも呼ぶ。
任意の \(G\) に対し、\(V=\mathbb{C}\), \(\rho(g)=1\) と置くと表現になる。これを自明表現といい、指標は常に \(1\) である。
\(G\) が有限集合 \(X=\{x_1,\dots,x_n\}\) に作用しているとする。基底を \(X\) とするベクトル空間 \(\mathbb{C}X\) を取り、
と定めて線形拡張すると、\(G\) の表現が得られる。行列は置換行列である。
1.2 同値な表現
\((V,\rho)\) と \((W,\sigma)\) が同値であるとは、線形同型 \(T:V\to W\) が存在して全ての \(g\in G\) について
が成り立つことをいう。このような \(T\) を 絡作用素または intertwiner という。
同値な表現は、基底を取り替えただけの同じ表現である。実際、\(W=V\) とし、基底変換行列 \(P\) により \(\sigma(g)=P\rho(g)P^{-1}\) と変わる。
1.3 部分表現と商表現
\(U\subset V\) が \(G\)-不変、すなわち
を満たすとき、\(U\) は部分表現である。
\(U\subset V\) が部分表現なら、商空間 \(V/U\) には \[ g(v+U)=gv+U \] により自然に表現が入る。これを商表現という。
1.4 既約表現
表現 \(V\neq 0\) が既約であるとは、\(G\)-不変部分空間が
しか存在しないことをいう。
既約表現は、表現論における「素因数」のような存在である。複素数体上の有限群表現は、後述の Maschke の定理により、既約表現の直和に必ず分解する。
1.5 直和・テンソル積・双対・Hom
\(V,W\) が表現なら \(V\oplus W\) に \[ g(v,w)=(gv,gw) \] と定める。
\(V\otimes W\) に \[ g(v\otimes w)=gv\otimes gw \] と定める。
\(V^*=\operatorname{Hom}_{\mathbb{C}}(V,\mathbb{C})\) に \[ (g f)(v)=f(g^{-1}v) \] と定める。
\(\operatorname{Hom}(V,W)\) に \[ (gT)(v)=g\,T(g^{-1}v) \] と定める。これは \(W\otimes V^*\) と同型である。
2. 有限群表現のユニタリ化
有限群では、任意の表現をユニタリ表現と見なせる。これは有限群の表現論が非常に扱いやすい理由の一つである。
\(G\) を有限群、\((V,\rho)\) を有限次元複素表現とする。すると \(V\) 上に \(G\)-不変な Hermite 内積が存在する。すなわち
を満たす内積が存在する。
任意の Hermite 内積 \(\langle -, -\rangle_0\) を一つ取る。次を定義する。
正定値性と sesquilinearity は和から直ちに従う。任意の \(g\in G\) について
\(x\mapsto xg\) は \(G\) の全単射なので、和は元の和と等しい。よって不変である。
適当な正規直交基底を選ぶと、全ての \(\rho(g)\) はユニタリ行列になる。したがって \(\rho(g^{-1})=\rho(g)^*\) である。
3. Maschke の定理:完全可約性
複素数体上の有限群表現の核心は、全ての表現が既約表現の直和に分解することにある。
\(G\) を有限群、\(V\) を有限次元複素表現とする。任意の部分表現 \(U\subset V\) に対し、別の部分表現 \(W\subset V\) が存在して
となる。特に任意の有限次元複素表現は既約表現の有限直和に分解する。
線形代数的に、\(U\) への射影 \(P:V\to U\) を一つ選ぶ。つまり \(P|_U=\operatorname{id}_U\) である。ただし一般には \(P\) は \(G\)-同変でない。そこで平均化する。
\(U\) は \(G\)-不変なので、\(P_G\) の像は \(U\) に含まれる。また \(u\in U\) に対して \(\rho(g)^{-1}u\in U\) だから \(P\rho(g)^{-1}u=\rho(g)^{-1}u\)、従って \(P_Gu=u\)。 よって \(P_G\) は \(U\) への射影である。
さらに任意の \(h\in G\) について
つまり \(P_G\) は \(G\)-同変である。従って \(W=\ker P_G\) は \(G\)-不変で、\(V=U\oplus W\) となる。
3.1 完全可約性の意味
Maschke の定理により、複素表現論では「部分表現があれば必ず直和因子である」。したがって表現を理解する問題は、既約表現を分類し、各既約表現が何回出るかを調べる問題に帰着する。
ここで \(V_1,\dots,V_r\) は相異なる既約表現、\(m_i\in\mathbb{Z}_{\ge 0}\) は重複度である。この \(m_i\) は指標内積により一意に計算できる。
4. Schur の補題とその帰結
Schur の補題は、既約表現間の絡作用素を完全に記述する。有限群表現論の多くの直交関係は、この補題の影である。
\(V,W\) を既約複素表現とし、\(T:V\to W\) を \(G\)-同変線形写像とする。このとき
- \(T=0\)、または
- \(T\) は同型
である。
\(\ker T\subset V\) は \(G\)-不変部分空間である。\(V\) が既約なので \(\ker T=0\) または \(V\)。同様に \(\operatorname{im}T\subset W\) は \(G\)-不変であり、\(W\) が既約なので \(\operatorname{im}T=0\) または \(W\)。\(T\neq 0\) なら核は \(0\)、像は \(W\) であり、\(T\) は同型である。
\(V\) を既約複素表現とし、\(T:V\to V\) を \(G\)-同変線形写像とする。このときある \(\lambda\in\mathbb{C}\) が存在して
となる。
\(\mathbb{C}\) は代数閉体なので \(T\) は固有値 \(\lambda\) を持つ。\(T-\lambda I\) も \(G\)-同変であり、固有ベクトルを持つため核が非零である。Schur の補題 I より \(T-\lambda I\) は同型ではないので \(0\) でなければならない。
既約複素表現 \(V\) について
互いに非同型な既約表現 \(V,W\) について
4.1 行列要素の直交性
Schur の補題は、後述する指標直交関係のより強い形、すなわち行列要素の直交関係を導く。
\(\rho_i:G\to U(V_i)\), \(\rho_j:G\to U(V_j)\) を相異なる既約ユニタリ表現、\(d_i=\dim V_i\) とする。正規直交基底での行列要素を \(\rho_i(g)_{ab}\) と書くと、
5. 群環 \(\mathbb{C}[G]\) と半単純代数
表現を群準同型として扱うこともできるが、群環の加群として扱うと構造がより明確になる。
\(\mathbb{C}[G]\) は形式和
全体の複素ベクトル空間であり、積は
により定義される。
5.1 表現と群環加群の同値
表現 \(\rho:G\to \operatorname{GL}(V)\) は、線形に拡張して代数準同型
を与える。逆に \(\mathbb{C}[G]\)-加群は、基底元 \(g\in G\) の作用を見れば \(G\)-表現を与える。
\(V_1, \dots,V_r\) を \(G\) の相異なる既約複素表現の完全代表系とし、\(d_i=\dim V_i\) とする。このとき代数同型
が成り立つ。
両辺の複素次元を比較すると、
つまり有限群の位数は既約表現の次元の二乗和である。
5.2 中心と共役類和
群環の中心 \(Z(\mathbb{C}[G])\) は、共役類和によって基底を持つ。共役類 \(C\subset G\) に対して
と置くと、\(K_C\) は中心元であり、全ての中心元はこれらの線形結合として一意に書ける。従って
一方、Wedderburn 分解により
よって、既約複素表現の個数は共役類の個数に等しい。
6. 指標:表現を跡で見る
指標は表現の行列の跡である。跡は基底変換で不変なので、指標は表現の同型類の情報を持つ。複素有限群表現では、指標は表現を完全に決定する。
表現 \((V,\rho)\) の指標 \(\chi_V:G\to\mathbb{C}\) を
で定義する。
6.1 指標の基本性質
任意の表現 \(V,W\) について以下が成り立つ。
- \(\chi_V(e)=\dim V\)。
- \(\chi_V(hgh^{-1})=\chi_V(g)\)。従って指標は class function である。
- \(\chi_{V\oplus W}=\chi_V+\chi_W\)。
- \(\chi_{V\otimes W}=\chi_V\chi_W\)、すなわち点ごとの積。
- \(\chi_{V^*}(g)=\chi_V(g^{-1})\)。ユニタリ化すれば \(\chi_V(g^{-1})=\overline{\chi_V(g)}\)。
- \(\chi_{\operatorname{Hom}(V,W)}=\chi_W\overline{\chi_V}\)。
(2) は跡の巡回性 \(\operatorname{tr}(ABA^{-1})=\operatorname{tr}(B)\) による。(3) はブロック対角行列の跡、(4) は \(\operatorname{tr}(A\otimes B)=\operatorname{tr}(A)\operatorname{tr}(B)\) による。(5) は双対行列が \(\rho(g^{-1})^{\mathsf{T}}\) であることから従う。
6.2 class function の空間
関数 \(f:G\to\mathbb{C}\) が
を満たすとき、\(f\) を類関数という。類関数の空間を \(\operatorname{CF}(G)\) と書く。
類関数は共役類上で一定なので、\(\dim\operatorname{CF}(G)=\#\{\text{共役類}\}\) である。既約指標はこの空間の正規直交基底になる。
7. 指標の内積と直交関係
類関数 \(f,h:G\to\mathbb{C}\) に対し、
と定める。共役類 \(C_1, \dots,C_r\) と代表元 \(g_j\) を使えば
有限次元複素表現 \(V,W\) について
\(\operatorname{Hom}(V,W)\) の \(G\)-不変部分空間は \(\operatorname{Hom}_G(V,W)\) である。不変部分への射影は Reynolds operator
である。射影の跡は像の次元に等しいので、
\(\operatorname{Hom}(V,W)\cong W\otimes V^*\) の指標は \(\chi_W\overline{\chi_V}\) だから、
\(\chi_i, \chi_j\) を既約指標とすると、
\(V_i,V_j\) を対応する既約表現とする。Hom 次元公式より
Schur の補題より、これは \(i=j\) のとき \(1\)、\(i\neq j\) のとき \(0\) である。
7.1 分解重複度
\(V\cong\bigoplus_i m_iV_i\) なら
表現 \(V\) が既約であるための必要十分条件は
である。一般に \(V=\bigoplus_i m_iV_i\) なら
8. 指標表と列直交関係
指標表は、群の既約表現論を有限個の数値に圧縮した表である。行は既約指標、列は共役類である。
8.1 指標表の構造
共役類を \(C_1, \dots,C_r\)、代表元を \(g_1, \dots,g_r\)、既約指標を \(\chi_1, \dots, \chi_r\) とする。指標表は行列
である。
\(g_j,g_k\) を共役類代表元とする。このとき
ここで \(C_G(g)=\{x\in G:xg=gx\}\) は中心化群である。\(|C_G(g_j)|=|G|/|C_j|\) である。
8.2 指標表から読める情報
第一列、すなわち単位元列の値 \(\chi_i(e)=d_i\)。
\(\sum_i \chi_i(e)^2=|G|\)。
\(d_i=1\) の行は群準同型 \(G\to\mathbb{C}^\times\)。
\(\chi_{V\otimes W}=\chi_V\chi_W\) を既約指標に内積で分解する。
- 共役類を求める。列数が既約指標の個数になる。
- 一次指標を \(G/[G,G]\) の指標として求める。
- 次数公式 \(\sum d_i^2=|G|\) で残りの次数を絞る。
- 自然な置換表現・標準表現・誘導表現から候補指標を作る。
- 行直交関係と列直交関係で未知数を決定する。
- 内積 \(1\) を確認して既約性を判定する。
9. 正則表現と射影公式
9.1 正則表現
\(\mathbb{C}[G]\) を基底 \(\{e_g:g\in G\}\) を持つベクトル空間とみなし、
で定める表現を左正則表現という。
正則表現の指標 \(\chi_{\mathrm{reg}}\) は
\(g\) の作用は基底 \(G\) を左から掛ける置換である。置換行列の跡は固定点数である。\(gx=x\) となる \(x\in G\) が存在するのは \(g=e\) のときだけであり、そのとき全ての \(x\) が固定される。
\(V_i\) を既約表現、\(d_i=\dim V_i\) とすると
\(V_i\) の重複度は
9.2 isotypic component への射影
\(V\) を任意の表現とし、\(V_i\) 型成分、つまり \(V_i\) と同型な既約成分の総和を \(V[i]\) と書く。
\(d_i=\chi_i(e)\) とする。\(V\) 上の \(V_i\)-isotypic component への射影は
で与えられる。
9.3 中心冪等元
群環の中心元
は primitive central idempotent であり、
任意の表現 \(V\) で \(e_i\) を作用させると、上の射影 \(P_i\) になる。
10. 具体例 I:巡回群と有限アーベル群
10.1 巡回群 \(C_n\)
\(C_n=\langle a\mid a^n=e\rangle\) とする。複素表現では \(\rho(a)^n=I\) である。多項式 \(x^n-1\) は重根を持たず一次式に分解するので、\(\rho(a)\) は対角化可能で、固有値は \(n\) 乗根である。
\(\zeta_n=e^{2\pi i/n}\) とする。\(k=0,1, \dots,n-1\) に対し
は一次既約指標であり、これらが全ての既約指標である。
10.2 有限アーベル群
\(G\) がアーベル群なら、任意の既約複素表現は一次元である。理由は、全ての \(\rho(g)\) が互いに可換なので、既約表現上では各 \(\rho(g)\) が Schur の補題によりスカラーになるからである。
有限アーベル群 \(G\) の既約指標全体は
であり、\(|\widehat G|=|G|\)。また \(\widehat G\cong G\) だが、この同型は自然ではない。
インタラクティブ:巡回群 \(C_n\) の指標値を可視化
11. 具体例 II:対称群 \(S_3\)
\(S_3\) は 3 個の文字の置換群で、位数は \(6\) である。共役類は cycle type で分類される。
| 共役類 | 代表元 | サイズ | 説明 |
|---|---|---|---|
| \(C_1\) | \(e\) | 1 | 恒等置換 |
| \(C_2\) | \((12)\) | 3 | 互換 |
| \(C_3\) | \((123)\) | 2 | 3-cycle |
共役類が 3 個なので既約表現も 3 個である。次数の二乗和は \(6\) なので、次数は
でなければならない。
| \(e\) | \((12)\) | \((123)\) | |
|---|---|---|---|
| \(\mathbf{1}\) | 1 | 1 | 1 |
| \(\operatorname{sgn}\) | 1 | -1 | 1 |
| \(\operatorname{std}\) | 2 | 0 | -1 |
11.1 標準表現
\(S_3\) は \(\mathbb{C}^3\) の標準基底を置換して作用する。この置換表現は、自明部分空間
と、その補空間
に分解する。この 2 次元表現が標準表現である。
インタラクティブ:\(S_3\) 標準表現の行列
基底 \(b_1=e_1-e_3,\ b_2=e_2-e_3\) に関する標準表現の行列を表示する。
11.2 テンソル積
指標を掛け算して内積を取れば、テンソル積分解がわかる。\(S_3\) では
12. インタラクティブ:指標表・直交関係・テンソル積分解
下の計算機では、いくつかの小さな有限群について、共役類、指標表、行直交関係、正則表現分解、テンソル積分解を確認できる。
テンソル積分解
13. 置換表現と Burnside の補題
群作用から得られる置換表現は、組合せ論と表現論を結びつける。
\(G\) が有限集合 \(X\) に作用するとき、置換表現 \(\mathbb{C}X\) の指標は
である。
\(G\) が有限集合 \(X\) に作用するとき、軌道の個数は
である。ここで \(X^g=\{x\in X:gx=x\}\)。
置換表現 \(\mathbb{C}X\) の \(G\)-不変部分空間は、各軌道上で定数な関数から成るので、その次元は軌道数に等しい。一方、不変部分への射影の跡は
13.1 推移的作用と誘導表現
\(X\cong G/H\) が推移的 \(G\)-集合なら、置換表現は
と書ける。したがって置換表現は誘導表現の最初の重要例である。
14. 制限表現・誘導表現・Frobenius 相互律
14.1 制限表現
\(H\le G\) を部分群とする。\(G\)-表現 \(V\) の作用を \(H\) に制限すると、\(H\)-表現が得られる。これを
と書く。指標は単に関数を \(H\) に制限したものである。
14.2 誘導表現
\(W\) を \(H\)-表現とする。誘導表現を
と定義する。\(G\) は左から \(\mathbb{C}[G]\) に掛けることで作用する。
左剰余類代表 \(t_1, \dots,t_m\) を取ると、ベクトル空間として
従って
14.3 誘導指標の公式
\(\theta\) を \(H\)-表現 \(W\) の指標とする。\(\theta\) を \(H\) の外では \(0\) と拡張すると、
\(V\) を \(G\)-表現、\(W\) を \(H\)-表現とする。このとき自然同型
がある。指標の言葉では
\(G\)-準同型 \(F:\mathbb{C}[G]\otimes_{\mathbb{C}[H]}W\to V\) は、\(w\mapsto F(1\otimes w)\) により \(H\)-準同型 \(W\to \operatorname{Res}_H^GV\) を与える。逆に \(H\)-準同型 \(f:W\to V\) から
と定めれば、これは well-defined な \(G\)-準同型になる。両者は互いに逆である。
14.4 Mackey 分解公式
\(H,K\le G\)、\(W\) を \(H\)-表現とする。\(K\backslash G/H\) の代表元集合を \(D\) とすると、
ここで \({}^{x}W\) は \(xHx^{-1}\)-表現で、\(xhx^{-1}\) が \(W\) 上で \(h\) として作用するものをいう。
15. テンソル積、表現環、対称冪・外冪
15.1 表現環
有限群 \(G\) の複素表現の同型類から、Grothendieck 群 \(R(G)\) を作る。加法は直和、乗法はテンソル積である。
指標は環準同型
を与える。複素表現ではこれは単射であり、既約指標を基底とする格子に埋め込む。
15.2 対称平方・外平方の指標
\(V\otimes V\) は対称部分 \(S^2V\) と交代部分 \(\Lambda^2V\) に分解する。
\(V\otimes V\) 上の flip \(\tau(v\otimes w)=w\otimes v\) を考える。\(S^2V\) と \(\Lambda^2V\) への射影は \((1+\tau)/2\), \((1-\tau)/2\)。\(g\) の固有値を \(\lambda_1,
\dots,
\lambda_n\) とすれば、\(S^2V\) での固有値は \(\lambda_i\lambda_j\ (i\le j)\)、外平方では \(i
16. Fourier 解析としての有限アーベル群表現論
有限アーベル群の表現論は有限 Fourier 解析そのものである。関数 \(f:G\to\mathbb{C}\) に対して、指標 \(\chi\in\widehat G\) 方向の Fourier 係数を
と定める。指標の直交関係から反転公式
が成り立つ。
16.1 畳み込みと対角化
\(f,h:G\to\mathbb{C}\) の畳み込みを
と定めると、Fourier 変換は畳み込みを積に変える。
規格化を変えれば係数 \(|G|\) は消える。これは群環 \(\mathbb{C}[G]\) が指標によって同時対角化されることを意味する。
17. 実表現・有理表現・Frobenius--Schur 指標
複素既約表現が実数体上で実現できるか、あるいは四元数的な性質を持つかは、Frobenius--Schur 指標で判定できる。
既約複素指標 \(\chi\) に対して
と定める。
既約複素表現 \(V\) について、\(\nu(\chi_V)\) は \(1,0,-1\) のいずれかである。
- \(\nu=1\):実型。\(G\)-不変な非退化対称双線形形式を持ち、実表現から複素化で得られる。
- \(\nu=0\):複素型。\(V\not\cong V^*\)。
- \(\nu=-1\):四元数型。\(G\)-不変な非退化交代双線形形式を持つが、実既約表現の複素化としては既約でない形で現れる。
17.1 有理表現
有理数体 \(\mathbb{Q}\) 上の表現では、複素既約表現が Galois 共役にまとめられ、さらに Schur index が関わる。したがって「複素既約指標を Galois 軌道でまとめる」だけでは完全には足りない場合がある。有限群の有理表現論は、指標値体、Schur 指数、単純成分の中心を調べる問題になる。
18. モジュラー表現論への入口
ここまでの理論は主に \(\mathbb{C}\) 上であった。一般の体 \(K\) 上でも、\(\operatorname{char}K\nmid |G|\) なら Maschke の定理が成り立つ。しかし \(\operatorname{char}K=p\mid |G|\) のとき、表現論は根本的に異なる。
体 \(K\) 上の有限群 \(G\) の表現が全て完全可約であるための必要十分条件は
である。
\(G=C_p=\langle g\rangle\)、\(K\) を標数 \(p\) の体とする。このとき
であり、これは冪零元を持つ局所環である。したがって半単純でない。
18.1 何が難しくなるか
部分表現が補表現を持たないことがある。
跡は多くの情報を失い、複素指標のような完全分類を与えない。
projective cover、injective module、Ext 群などが現れる。
群環は block と呼ばれる直積成分に分かれ、defect group が構造を支配する。
18.2 Brauer 指標
標数 \(p\) の代数閉体上では、\(p\)-正則元、すなわち位数が \(p\) で割れない元に対して Brauer 指標が定義される。Brauer 指標は単純加群を区別するが、通常の複素指標と異なり全ての元ではなく \(p\)-正則共役類上で定義される。
19. 代表的な群の指標表
19.1 Klein 四元群 \(V_4\)
\(V_4=C_2\times C_2=\{e,a,b,c\}\) はアーベル群なので全ての既約表現は一次元である。
| e | a | b | c | |
|---|---|---|---|---|
| \(\chi_1\) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| \(\chi_a\) | 1 | 1 | -1 | -1 |
| \(\chi_b\) | 1 | -1 | 1 | -1 |
| \(\chi_c\) | 1 | -1 | -1 | 1 |
19.2 二面体群 \(D_4\)
\(D_4=\langle r,s\mid r^4=s^2=e, \ srs=r^{-1}\rangle\) は正方形の対称群で位数 \(8\) である。共役類は
| \(e\) | \(r^2\) | \(r,r^3\) | \(s,r^2s\) | \(rs,r^3s\) | |
|---|---|---|---|---|---|
| \(A_1\) | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| \(A_2\) | 1 | 1 | 1 | -1 | -1 |
| \(B_1\) | 1 | 1 | -1 | 1 | -1 |
| \(B_2\) | 1 | 1 | -1 | -1 | 1 |
| \(E\) | 2 | -2 | 0 | 0 | 0 |
19.3 四元数群 \(Q_8\)
\(Q_8=\{\pm1,\pm i,\pm j,\pm k\}\) も位数 \(8\) で、共役類サイズは \(1,1,2,2,2\)。指標表は \(D_4\) に非常に似ているが、群構造は異なる。
20. 計算アルゴリズムまとめ
20.1 与えられた指標を分解する
共役類サイズ \(|C_j|\)、既約指標表 \(\chi_i(g_j)\)、分解したい指標 \(\chi(g_j)\)。
重複度
20.2 指標表の整合性チェック
- 行数 = 列数 = 共役類数。
- 第一列の正整数 \(d_i\) が \(\sum d_i^2=|G|\) を満たす。
- 行直交関係が成り立つ。
- 列直交関係が成り立つ。
- 各指標値は代数的整数である。
- 一次指標の個数は \(|G/[G,G]|\) に等しい。
20.3 既約性判定
表現行列が与えられているとき、まず指標を計算し、
を計算する。これが \(1\) なら既約である。整数 \(>1\) なら可約であり、その値は既約成分の重複度二乗和である。
21. よくある誤解と注意点
同じ次元の既約表現が複数存在することは普通にある。たとえば \(V_4\) には四つの一次既約表現がある。判定には指標全体を見る必要がある。
巡回群 \(C_3\) の非自明指標は \(\omega=e^{2\pi i/3}\) を値に持つ。指標値は一般に複素数である。ただし \(\chi(g^{-1})=\overline{\chi(g)}\) は成り立つ。
表現の既約分解の「重複度」は一意だが、同じ既約表現が複数回出る場合、そのコピーの選び方は一意でない。標準的なのは isotypic component である。
標数が \(|G|\) を割ると、Maschke の定理が壊れ、指標表だけで分類する複素表現論の絵はそのまま使えない。
22. 演習と解答
演習 1:一次表現とアーベル化
一次表現 \(\chi:G\to\mathbb{C}^{\times}\) は必ず \(G/[G,G]\) を経由することを示せ。
\(\mathbb{C}^{\times}\) はアーベル群なので、任意の交換子 \([g,h]=ghg^{-1}h^{-1}\) に対し \(\chi([g,h])=\chi(g)\chi(h)\chi(g)^{-1}\chi(h)^{-1}=1\)。従って交換子群 \([G,G]\) は核に含まれ、\(\chi\) は商 \(G/[G,G]\) 上の準同型を誘導する。
演習 2:\(S_3\) の置換表現を分解せよ
\(S_3\) の \(\{1,2,3\}\) への自然作用から得られる 3 次元置換表現を既約分解せよ。
置換指標は固定点数であり、共役類 \(e,(12),(123)\) 上で \((3,1,0)\)。\(S_3\) の指標表の自明指標 \((1,1,1)\) と標準指標 \((2,0,-1)\) の和が \((3,1,0)\) である。したがって \[ \mathbb{C}^3\cong \mathbf{1}\oplus\operatorname{std}. \]
演習 3:正則表現の不変部分
左正則表現 \(\mathbb{C}[G]\) の \(G\)-不変部分空間 \(\mathbb{C}[G]^G\) の次元を求めよ。
左から全ての \(g\) で不変なベクトルは、全ての基底元の係数が等しいものに限る。従って \[ \mathbb{C}[G]^G=\mathbb{C}\sum_{g\in G}g \] であり、次元は \(1\)。指標内積でも \(\langle\chi_{\mathrm{reg}},1\rangle=1\)。
演習 4:\(D_4\) の二次既約表現の既約性
\(D_4\) の自然な平面上の表現の指標は \((2,-2,0,0,0)\) である。この表現が既約であることを示せ。
共役類サイズは \((1,1,2,2,2)\)、位数は \(8\)。内積は \[ \frac{1}{8}(1\cdot 2^2+1\cdot(-2)^2)=1. \] よって既約性判定により既約である。
演習 5:テンソル積の分解
\(S_3\) の標準表現 \(V\) について \(V\otimes V\) を分解せよ。
\(\chi_V=(2,0,-1)\) なので、\(\chi_{V\otimes V}=(4,0,1)\)。既約指標 \(1=(1,1,1)\)、\(\operatorname{sgn}=(1,-1,1)\)、\(V=(2,0,-1)\) との内積を取ると全て \(1\)。従って \[ V\otimes V\cong \mathbf{1}\oplus\operatorname{sgn}\oplus V. \]
23. 全体の要約
複素数体上の有限群表現論は、次の流れで完結する。
- 有限性により内積を平均化でき、表現をユニタリ化できる。
- Maschke の定理により全ての表現は既約表現の直和になる。
- Schur の補題により既約表現間の Hom が極端に単純になる。
- 指標内積により既約指標は正規直交系になる。
- 既約指標の個数は共役類の個数であり、既約指標は類関数空間の正規直交基底になる。
- 任意の表現の既約重複度は \(m_i=\langle\chi_V,\chi_i\rangle\) で計算できる。
- 群環は \(\mathbb{C}[G]\cong\bigoplus_i M_{d_i}(\mathbb{C})\) と分解し、\(|G|=\sum_i d_i^2\) が従う。
- 誘導表現と Frobenius 相互律により、部分群の表現から群全体の表現を構成・解析できる。
24. 参考文献・次に読む本
より深く学ぶには、以下の標準的な文献が有用である。
- Serre, Linear Representations of Finite Groups.
- Fulton and Harris, Representation Theory: A First Course.
- James and Liebeck, Representations and Characters of Groups.
- Isaacs, Character Theory of Finite Groups.
- Alperin, Local Representation Theory:モジュラー表現論へ進む場合。